飲酒運転等道交法違反の罰則強化
平成13年2月9日 弁護士 松 本 誠
1 改正のきっかけ
東名高速での2女児焼死交通死亡事件や神奈川での2大学生交通死亡事件等の被害者遺族、井上さん及び鈴木さん達の16万人以上にわたる全国的な署名活動の結果が実を結び、平成12年末に飲酒運転の罰則強化案が発表されました。
2 改正の内容
改正の内容は例えば飲酒運転については
「2年以下の懲役または10万円以下の罰金」とあるのが
「5年以下の懲役または50万円以下の罰金」との改正となるようです。
改正は全体的には懲役刑の期限を1年から2年引き上げ、罰金の2.5倍から6倍程度上限を引き上げるとのことです。
この他に議論されており新設されるかどうかはわかりませんが、酒酔いなどの危険運転による人身事故には危険運転致死傷罪として懲役10年以上の重罰を科す可能性も検討されているようです。この点はぜひ実現して欲しいものです。
3 飲酒運転による被害の実情
飲酒運転の事故による死亡被害を受けた被害者遺族は、刑の軽さに対し、言いようのない不信感を持っておられる例が多いのが実情です。
奈良のMさんはご主人を平成12年3月17日に飲酒運転による事故でなくされました。大和高田市大東町の丁字路の交差点横にご主人の勤務されておられる会社の事務所がありました。ご主人は勤務が終わって、丁度奥さんが会社に車で迎えに来られるのを会社の事務所の前で座って待っておられたのですが、そこへ丁字路の交差点横の会社事務所に直進して来るはずのないところへ、酔っ払い運転の車が直進走行してきて、会社事務所へ突入してきて、座って奥さんを待っておられた三宅さんはご主人は即死されたのです。この事件の犯人の刑は懲役1年6月でした。
貝塚市の甲田さんは平成8年7月14日に16才の高校2年生の息子さんを飲酒運転による事故で亡くされました。この飲酒運転のドライバーはスナックで知り合いと酒を飲み、この知り合いを送って帰る途中で赤信号を無視した上で、かつ衝突後ひき逃げをしたもので、業務上過失致死罪の他、信号無視、ひき逃げの道交法違反というきわめて悪質なものでありました。犯人への刑は1年8月でした(同乗者に対する処分は何らありませんでした)。
和歌山市の鈴木さんの場合は平成11年8月13日の午前2時頃に、飲食店で酒を飲み酩酊した若者2人が海へ車で遊びにいく途中の飲酒運転による事故で息子さんを亡くされました。27才でした。犯人はひき逃げもありましたが、執行猶予のついた判決でした。同乗者の処分はありませんでした。
いずれの事件でも飲酒運転のドライバーの刑はあまりにも低いもので、しかも飲酒をすすめた同乗者の責任は何ら問われていないものでした。
被害者遺族は家族を亡くして、刑の軽さ等についてすら言いようのないショックを受けます。飲酒運転を野放しにしている政策やそれに対する処分の甘さ、取締りの甘さは明らかな国による被害者遺族への2次被害の現実があります。
今回の改正はかかる刑の低い実情や被害者の声に対してようやく、国が重い腰をあげ、罰則を厳しくすることとなった面があります。
4 飲酒運転の罪の性質と罰則強化の沿革
飲酒運転による死亡事故は出会いがしらの事故ではありません。飲酒運転をしたドライバーの責任はもちろん、飲酒運転を許した酒席の人々や飲酒をさせた飲食店を含め、飲酒運転を放置している社会や国に対し、限りない憎悪と不信感を持つ場合が多いのです。というのも、飲酒運転はドライバーがアルコールで神経を麻痺させたうえで、危険な凶器である車に乗るわけですから常に無差別殺人となりうる可能性があるにもかかわらず、社会や国はこれを放置してきています。飲酒運転による人命への危険性は公共危険犯の性格を帯びていることは明らかです。日本が飲酒が許されている社会であっても、飲酒運転自体が許されているわけではありません。むしろ、無差別殺人となりうる凶器=車が公道を走行するわけですから、これを厳しく取り締まるべきが当然です。
今回の罰則強化はその意味でようやく被害者の声に国が気づき始めたという画期的な法律改正作業です。
かつて交通事故の罰則については昭和43年にも刑法の業務上過失致死傷罪の法定刑の自由刑の上限が3年が5年となるという厳罰化の改正作業が行われました。この時の法改正は飲酒運転、スピード違反、等悪質な交通事故が多発するようになってこれを防ぐ為と、交通被害者数が100万人に達しようという時になんとかこれを防ごうと言う政策もあって、当時の政府は断固として法律を改正し、罰則を強化したのです。
今回は業務上過失致死傷罪のほうではなくて、道交法改正による罰則強化です。特に悪質な運転の飲酒運転等危険運転行為に対象を絞って罰則強化を図ろうとしています。
5 罰則強化の背景にある事情
罰則強化は遺族の署名活動が直接的のきっかけとなりましたが、この改正には署名活動以外の実質的背景が2点ありました。
(1)平成11年の交通事故による被害者数は100万人を突破し、106万近くになっています(2000年交通安全白書)。かつての昭和43年の厳罰化の時の被害者数の防止目標とされた数字が100万人でした。この点は今回も影響しているのだと思われます。わずか1年間で6万人も増加したのですから。
(2)もう一つは交通犯罪における実刑率が日本は諸外国と比べると、余りにも低すぎる実情があったことです。これは法務省が平成5年版の犯罪白書の交通犯罪特集の中で指摘していたことであります。業務上過失致死傷罪及び道交法違反を含めた交通犯罪の実刑率を日本と諸外国と比べると、フランスと比べて10分の1、韓国と比べて4分の1と余りにも低すぎるのです。そして、フランスやドイツにおいては危険運転行為を厳罰化に向けた法改正が既になされていることを挙げて「わが国においても悪質重大事犯に対しては今後とも厳正な取締りと処罰が望まれる」と同白書の結び(338P)で報告されていました。
6 罰則強化の改正の効果や問題点
しかしながら、この法律改正により、被害者の望む声に応えられるかどうは予断を許さないのではないでしょうか。
(1)検察の起訴率緩和政策の見なおし。
業務上過失致死死傷罪はかつて厳罰化されましたが、運用の面ではこれとは逆に非犯罪化といえるほど甘い運用がなされている事実があるからです。起訴率の緩和政策がこれであります。これを変える必要があるのではないかということです。
昭和43年の厳罰化により、昭和45年には99万人にまで増加していった被害者数が52年までに一貫して減少傾向となり、昭和52年には60万人にまで減少したのです。これは罰則強化策は成功したのです。交通犯罪は撲滅の方向へ明らかにいったのですから。
ところが、検察庁は昭和61年から業務上過失致死傷罪の適用にあたり、起訴率を緩和する政策を取り始めました。その中身は一つは2週間以内の傷害の結果であれば起訴しないという基準と、もう一つは道交法違反、例えば飲酒運転で事故を起こしても2週間以内の怪我であれば、道交法で罰しても刑法では罰しないという刑法、道交法の分離基準でした。いずれも罰則の適用を消極的にしようというものでした。これ以降被害者数も増大していくこととなりました。平成11年の交通被害者数は約106万人となってます。1年間で6万も増加し、危機的状況となったのです。ちなみに検察の緩刑化政策により、昭和60年に73%だった起訴率は今では12%まで極端に減少しています。
今回の罰則強化に向けての法改正作業はこの被害者数の増加という危機的状況を打開する意味がありますが、検察の起訴率緩和策−緩刑化現象―を放置したままで道交法の罰則強化のみ行われても、交通政策としてはきわめて不十分すぎます。
取締りについても、今までの飲酒の検挙態勢や取締り態勢にはかなり志気のない捜査が窺われます。というのも飲酒運転を時々公道でドライバーを摘発するだけではなく、飲食店等も含めて、飲む側、飲ませる側を一体的に取り締まる必要があるにもかかわらず、単発的にドライバーのみの摘発をのみしてきているというのは真に飲酒運転を撲滅しようとする姿勢が取り締まるシステムに見うけられないのです。飲む側、飲ませる側を一体とした取り締まり体制が必要のはずです。
こういう厳しい飲酒運転の取締りの前提としては、検察による業務上過失致死傷罪でなされている起訴率緩和政策を止め、起訴率を上昇させることが不可欠です。
交通死亡事故の不起訴率は60年頃と平成4年とを比較すると、1.2%から12%にまで拡大しているというデータもあります(5年版犯罪白書)。わずかの期間内で、死亡事故でさえ10倍もの件数を起訴しなくなっている交通検察の姿勢は完全にやる気喪失状態なのです。
こういう状況で悪質な事故を厳罰化するという立法以外にも改正法や業務上 過失致死傷罪の運用面においても厳しくなされないと、厳罰化の意味がない のです。
(2)裁判所の実刑率の低さの見なおし
交通犯罪は刑法上の業務上過失致死罪と道交法違反でありますが、交通犯罪を外国と比較して見た時、あまりにもわが国は実刑率が低すぎます。法務省は平成5年犯罪白書で交通犯罪の比較を他の国としています。
被害者にとって1番興味あるデータとしてあるのが実刑率の比較です。
この点は以前にも触れました。韓国では日本の4.2倍でイギリスは日本の6.6倍、フランスは10倍です。
業務上過失致死傷罪は、68万の検察受理人数のうち約5千人が刑事裁判を受けていますが、このうち実刑になるのは654人(平成11年版)です。
単純にいえばフランスでは10倍の6500人となるのです。この実刑率の低さの責任はやはり検察にありますが、裁判所にも責任の一端があります。ですからこれは改善する必要があります。
(3)裁判所が言渡す刑の運用の見なおし
業務上過失致死罪の言い渡しの刑の低さは極端といってもいいでしょう。
業務上過失致死傷罪の法定刑は刑法第211条に定めがあります。5年以上の懲役、禁固または50万円以下の罰金です。
この刑は昭和43年に法定刑の上限を引き上げられ、それまで体罰としては3年が上限だったものを5年とされた経過があります。悪質な交通3悪事犯(酔っ払い、スピード違反、信号無視等)が増加する一方だったのでこれを防ぐ狙いのために、立法化されたものです。
では業務上過失致死傷罪で実刑となったとして、どのくらいの刑となっているのでしょうか。平成7年から平成9年は次の通りです。(司法統計年報)
通常第一審の実刑者数(懲役禁固両者を含む)
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平成7年
|
平成8年
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平成9年
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| 6ヵ月以上 |
44
|
42
|
38
|
| 1年以上 |
307
|
250
|
269
|
| 2年以上 |
44
|
58
|
46
|
| 3年 |
3
|
0
|
2
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| 3年以上5年以下 |
1
|
2
|
3
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実刑にされたとしてもせいぜい2年までです。3年以上5年以下の事件はほとんどありません。業務上過失致死罪の検挙人員は平成9年度は7931人です。上の数字の多くはこの致死罪の場合でしょう。被害者が突然命を奪われることに対し、加害者に対する制裁としての刑はあまりにも軽いのです。法定の刑の上限を5年としているにもかかわらず、刑が3年を越えることはないのです。
ところが、例えば飲酒運転で死亡事故を起こした場合には業務上過失致死罪と飲酒運転罪とは併合罪として処理されています(交通判例ハンドブック296ページ。併合罪は両方の刑の重い方の1.5倍として処理をします(刑法47条)。すると、飲酒運転の死亡事故は7年6月が最高刑となるはずですが、5年を越えた例はないのです。東名高速の2女児トラック焼死事件でも結局4年の実刑だったのです。
この背景は検察の求刑が甘く、裁判所の判決の実情がきわめて甘いのです。ですから、裁判所のかかる甘い刑の運用の実情がある限り、道交法の罰則を厳しくしても意味があるのか、相当疑問です。
なお平成12年の司法統計は東名高速2女児死亡事件地裁判決後の9月に出されましたが、なぜか業務上過失致死傷罪の刑は記載されておりませんでした。データを出せば、世論が怖いのでしょうか。都合が悪いのでしょうか。
7 罰金の問題について
今回の改正では大幅な罰金の引き上げがありましたが、はたして罰金制についてはこのままで良いのでしょうか。疑問を感じざるをえません。
(1)金額の低さというのは50万円以下の罰金というのは金額としては刑の感銘力として通用していないほど低いと感じるからです。交通死遺族がほとんど感じている疑問です。20才代の若者が事故をしても親からもらえる小遣いで支払える金額です。サラ金で借りればすぐに支払える制裁です。
現実に日本以外のほかの国ではフランスでは最高880万円と高いのです。
日本の罰金の低さは異常すぎるほどです。諸外国と比べると実刑率の低さだけが低いのではないのです。
(2)罰金が選択による単独刑か、自由刑に併科される刑か。
また、ほかの国では罰金は懲役などの自由刑との併科刑となっています。
たとえば「自由刑及び罰金刑」となっているのです。ところが、日本では「懲役または罰金刑」というように選択刑となっているのです。罰金だけで終わるというのは日本だけのようです。
したがって、今後の改正はこの罰金の2つの問題の改正が絶対に必要です。