軽傷事故の非犯罪化法案 ―朝令暮改の加害者天国ニッポン―
平成13年2月19日 弁護士 松 本 誠
軽傷事故を非犯罪化とする法案の成立を法務省が検討中であると、平成13年の2月9日の朝日新聞が伝えていました。記事によれば、審議会を設けて13年6月に法案成立する見込みであるとのことでした。この軽傷事故の非犯罪化法案について検討します。
朝令暮改という言葉があります。法務省や検察が行っていることは交通死被害者の目から見れば朝令暮改そのものであります。
かつての厳罰化政策
昭和43年前後には悪質な交通事故だけではなく、交通事故そのものを犯罪として厳しく取り締まる時代がありました。酔っ払い運転や信号無視、スピード違反を交通3悪として標語を作ってまでも交通事故を防ごうとしていた時代です。交通被害者数が100万人を突破しようとしていた昭和43年に刑法211条の業務上過失致死傷罪の法定刑を引き上げるなどドライバーのモラルに対して、強烈な運転モラル厳守のメッセージを与えたのは法務省でした。交通事故に対して、ドライバーにモラルを求め、捜査側にも厳しい取締り体制を求めたのです。この時代には取り締まり側にはモラールの高い交通捜査体制があったのです。ドライバーもこれに応えて、52年には交通被害者数が60万人にも激減したのです。厳罰化の浸透効果です。
最近の緩刑化政策
その後、東京高検は副検事の手持ち未済件数の増加というきわめて事務的な悩みの対策のために、昭和61年から起訴率を緩和する政策を採用しました。起訴率緩和です。昭和61年の東京地検が最初でした。起訴率は1年間で66%から16%まで急激な低下があったために、ほかの地検もこれに追随して行きました。刑罰の運用面において検察は緩和政策を採用したのです。法務省は平成5年犯罪白書で検察のこの緩和政策を認知し、正当化するための説明をするようになりました。昭和43年には交通犯罪の厳罰化をした法務省が逆に緩刑化を図る検察に対して、これを支持したのです。いわく「1億総必罰化となり、好ましくない」とか、「任意保険がかけている場合が多いので被害者が納得するであろう」、「罰金処理されても刑罰の感銘力がない」、という理由で緩和策を正当化を試みたのです。
法務省が言い出している「軽傷事案非犯罪化法案」はこの起訴率緩和政策の帰結でしょう。
しかし、この法務省の言う非犯罪化政策は到底納得できるわけではありません。
日本の交通犯罪に関する限り、実刑率は外国の10分の1から4分の1であり、刑もきわめて低い実情にあります。こんな実情の下で、起訴率を徹底的に下げる政策をとる事は交通捜査の現場にやる気のない雰囲気を充満させる一方だけなのです。こういう雰囲気や体質にメスを入れず、法務省や検察はシステムにメスを入れずに反省もせずに、軽傷事故を非犯罪化とすることには到底賛成できません。
たとえば警察は全国の医療機関に対して、「傷害の診断書の提出期間を指示をしており」まして、「なるべく早く提出すること」、「それも見込みでよいこと」、できれば「2、3週間以内で書くことが望ましい」とした指示をしているという医療の現場への介入があります。
したがって、「軽傷事故の非犯罪化法案」は検察や警察のやりたくない雰囲気を助長するだけであり、なんら今の交通犯罪の防止策にはならないのです。
「軽傷」という扱いを誰がするのでしょうか? 被害者が捜査から排除されているシステムの下では被害者の声は無視されるのです。捜査情報も公開されておりません。こういうシステムでは軽傷扱いをされる事例は予想を越えるくらい多いのではないでしょうか?
死亡事故でも不起訴率を拡大している傾向があることは5年の犯罪白書で指摘があり、60年から4年までの短期間で10分の1まで下がっているのです。死亡事故でも事件にしたくないのがシステムなのです。
交通事故の被害者数は100万人を突破し、11年度は約106万人となりました。まさに被害者から見たら、交通戦争であるのでしょうが、法務省や検察はこれを危機とは思わないようです。かつての昭和40年代の100万人突破は危機的状況として法務省はこれを交通戦争と呼び、ドライバーとシステムとの対決の構図がありましたが、今の交通戦争とは被害者とシステムとの対決の構図があるような気がしませんか?