検察トップの腐敗は秘密検察の馴れのはて
―検事の現場はもっと腐っている?―
平成14年4月22日 弁護士 松 本 誠
14年4月22日の夕刊トップは大阪高検三井環公判部長の詐欺、公務員職権乱用罪での逮捕であった。
昨年も、福岡高検の山下次席検事が捜査情報を福岡高裁の判事に漏洩したとして、問題となった。これは検察と裁判官の馴れ合いという面もあり、検察の腐敗の側面は見逃されていた。しかし、今回の高検公判部長の犯罪は、検察自体の会計の不明朗さも手伝って、やっぱり腐っていたんか?と思うに充分である。
いずれも高等検察庁のNo.2の立場にあり、検察の顔を代表する人間の違法行為が問題となっている。1時的現象なのかどうか、3年前には神奈川県警不祥事から始まる警察の腐敗が全国で告発された。今度は検察のトップの腐敗である。捜査側の不祥事は相当根深い。上司の下の現場検事のしていることはどうであるのか? 検察の内部の金の使い道について疑念報道もなされているが、実際の検事の仕事は闇に葬られている。というのは検事の仕事の多くは調書作成であり、公判事件として世間に表になる事件について、手抜きはありえないが、その裏でなされている不起訴事件の調書は絶対に表になることはない。不起訴事件は人身事故の9割を占めているのに、検察の調書は絶対に公開されない。であるから、どんな調書を作成しても、どんな手抜きの調書を作成しても、不正や違法は絶対にばれる事のない仕組みとなっている。
検察の捜査は不起訴処分としてしまえば、検察調書は読まれることはない。闇に葬られるのである。誰からも文句を言われることもない。
そのうえ、検察官の直接の上司は地検の検事正や、交通部長ではなく、高等検察庁の検事長なのである。指導監督できるのは高検検事長である。高検の検事長が指導監督に当たるわけはなく、実際には次席検事であったり、公判部長であったりするのである。すると、その監視役が軒並み腐敗していれば、検事の仕事の監視や監督などできるはずもない。
ようするに、日本の検事のほとんどはどんな手抜きをしても、監視されることもなければ、民主的コントロールされているわけではないのである。検察審査会なんてのは、素人集団の集まりであるのに、検察が民主的であると思わせるものであって、民主的統制を擬制したものにすぎない。
交通事件について、最近では事件の9割を不起訴にする手抜きを検察全体でしているが、
これらの調書内容は世間に知られる事もない。まさに高検トップの不祥事の連続は検察すべての腐敗を意味してはいないであろうか?
先週、福岡地検の交通事故の捜査検事に面会した。遺族に会っての言葉は実に冷たく、
被疑者を擁護する言葉ばかりであった。被害者を排除するシステムどころか、被疑者を弁護している態度が初めからあるわけである。今週、検事の交替を申し入れに博多の検事長に面会を求める予定をしているが、どうも下から上まで腐っていると疑うのは、遺族だけでしょうかね?