遺族を悩ます「示談」「和解」のひとこと
―示談システムの問題点―

平成12年12月12日 弁護士 松 本  誠

 交通死亡事故が発生して、捜査等が進む中で被害者遺族がよく耳にする言葉があります。示談という言葉です。時として、遺族にはなじまない言葉です。

1 捜査開始の時の「示談はまだ?」
捜査が始まって、心ない警察官や副検事が遺族に言う一言があります。
「示談はまだですか?」
遺族は肉親をなくしたショックで立ち直れないような時に、いとも簡単に捜査側から出てくる言葉であり、捜査側には日常の事のようです。
特に副検事から言われたという人は相談を受けた中で最も多いものでした。
被害者の過失が問題となるような事件ではないにもかかわらず、「示談はまだですか?」と聞いてくるというのです。
示談しない事がさも珍しいと言うような口調でいわれます。
奈良の事例では「示談したほうがいいですよ」と副検事にいわれた人もいますし、「なぜ示談しないんですか」と副検事に言われた遺族もいます。
時として副検事は仕事をしやすくするためか、仕事熱心のあまりか、示談と言う言葉を被害者遺族の前で平気で言うようです。
もしこういう検事がいたら、代わってもらうくらいの気持ちで検察へ苦情として申し立てるべきです。正義をなくした副検事が加害者の弁護人であるかのように振舞っている例もありますから。被害者と接触したがらないどころか進んで加害者の利益にかなうことをする、しかもそのことに鈍感である。これが今の副検事の実態です。

2 刑事裁判の時の「示談」
次に待ち構えているのが、加害者の刑事弁護人の被害者遺族への示談に関する行為の連続です。
すなわち、加害者の刑を減刑するためのポーズとしての示談の呈示行為です。
例えば、
(1)「話し合いをしたいんですが」「話し合いの機会を作りたいのですが」
これを拒否すると、被告弁護人は次に
(2)損害額の確定の調停の申立をすらする場合があります。
「被害者遺族は加害者の誠意ある交渉に応じないので調停をしました」
という作戦通りの段取りとなります。
これに遺族が黙っていれば、次のステージが待っています。
(3)「加害者弁護人は調停という誠意ある話し会いをしよう
としたが、遺族がこれに応じない」と利用されます。
(4)うかつにも遺族が油断して少しでも話しを聞いたら、「話し会いをした」と利用されます。
ところが、現実には加害者の弁護人は通常は損保の代理人でない場合がほとんどです。国選弁護人が多いのです。私選弁護人でも損保の代理人でありません。つまり、交渉できる資格が実態はないにもかかわらず、加害者の刑事弁護人は加害者の刑を軽くする為に「嘘も方便」を平気でしている場合が多いのです。
(5)加害者の刑事弁護人が良心的弁護人であれば、損保会社を説得して、損害賠償の呈示をしてきます。しかし、この額はおよそ満足できるようなものではありません。自賠責金額に少々足したような金額です。つまり保険会社は利益目的の株式会社ですから低めとすることは当然なのですが、問題は刑事弁護人であり刑事手続きです。この呈示をもって、当然に誠意ある呈示であり、誠意ある交渉として刑事弁護人は損保の呈示行為を利用します。
(6)その後も被害者遺族への「示談」等の罠が待ち構えています。
刑事被告人は全力で執行猶予をかちとるために、自動車を売ったりして、お金を支払うかして被害者への弁償等の努力をしてきます。遺族が受け取らない場合には、供託する例もあります。現実にこの事例が大阪の高裁の刑事事件でありました。示談ではありませんが、内金呈示が問題となりました。
平成12年の9月に大阪高裁で刑事判決のあった業務上過失致死事件です。消防士の職業である被告人が時速を50キロオーバーした挙句に、50才台の女性を乗用車に衝突させて、死亡させたのです。
刑事裁判の第1審の結果は1年6ヶ月の実刑でした。高裁に控訴した被告人のしたことは事故車を売却して、売却金を被害者遺族に支払い提示をし、これを拒否されると、供託までして被害回復による減刑をと、裁判所に訴えたのです。
遺族にすればわずかの車の売却金くらいであります。しかも、事故をした車の売却金など遺族が受け取るわけにはいかないのが当然の心情であります。それこそ遺族にすれば、不浄のお金なのです。被害者を殺した車が代ったものです。遺族の心情は痛いほど判ります。
しかし、大阪高裁の裁判官はこういう遺族の心情を無視するばかりか、受け取らない遺族を逆に非難し、いつまでこだわっているのかと、遺族に説教までしたのです。
そのうえで刑事被告人に対し、執行猶予の判決を言渡したのです。裁判官は法に向いているのではなく、被害者に背を向けて、加害者のほうを向いているのです。思わず、法廷を出る時、遺族は裁判官に叫んだそうです。バカヤローと。
裁判官はその場で怒り、誰がバカヤローと言ったのか、問題としたそうですが、遺族とわかると、それ以上は何も言わなかったそうです。読売の12年11月27日の記事になった事例です。

3 依頼弁護士からの示談の言葉
刑事裁判が終わっても示談についての被害者の悩みは続きます。
今度は被害者が依頼をしている弁護士からです。本来は味方のはずですが、時として依頼している遺族には判りにくい弁護士の対応があります。 
(1) 損保の代理人が被害者の弁護を引き受ける場合も多いためか、示談を平気で進めますし、被害者に連絡もなく示談や調停にのこのこと行っている場合が相談のなかでも多いのには驚きます。被害者の代理人は刑事段階ではなにもしないことがよく、できれば遺族の制裁の声を伝えることが1番いいのですが、それを判っていないのです。
「問題ない事例ですから示談にしましょう」との弁護士の遺族への一言はおよそ遺族に馴染まないものです。
遺族が「裁判したい」、といえば、弁護士は「テーマなどないから裁判など出来ません」(実際相談であった事例です)と弁護士から云われたために、ノイローゼ状態になったり、悩んだりしている遺族もいるのです。
(2) もう少し知能犯的弁護士もいます。
「保険会社の呈示を待ちましょうか?」紳士的対応です。しかし、これは知能犯的類です。受身の交渉です。本当は交渉とは云いませんが。この類は保険会社の呈示額を叩き台にして、金額を積み上げて行く方式を当然とります。積み上げ方式による示談交渉です。
努力の跡が依頼者にもわかりますので努力している、との外観があります。
しかし、この積み上げ方式による交渉方法には根本的な欠陥があります。
叩き台自体の金額の低さです。損保が最初から呈示してきたものですから交渉による成果は最初から限界があります。より深刻な問題はこれが決裂して、やむを得ず裁判になってからよくある裁判官の言葉があります。
「話し合いはしましたか?示談交渉は?」と。
話し合いをしていれば、待ってましたと、裁判官に和解の材料にされるのです。
こういう裁判官は良くあるパターンですから、不利な積み上げ方式という方法を最初からしたこちらが悪いという結論になります。不当な結論です。

4 民事裁判が始まってからの被害者の和解の悩み
審理が開始されてすぐに和解を勧める裁判官がよくいます。こう言う裁判官の場合には和解はすぐに断わるべきです。
一旦和解のテーブルにつくと裁判官の面子が強烈に出て来て、拒否できなくなるからです。そうなると、裁判官にはもはや裁判の審理などは眼中になくなり、和解の成功だけが主な目的となります。過失相殺等熾烈な争点があればもちろん別です。
もし、これを途中で断わろうものなら、痛いしっぺ返しを食らうこともあります。判例の中には和解を途中で被害者側が断ったために弁護士費用をこの為に削除したという遺族へのいじめの判決もありますので、裁判官の和解勧告はある意味で罠みたいのものと心すべきなのです。和解の手続きを断わった為にいじめられる場合もあるのです。
  裁判官はよく代わります。そして転勤してすぐの裁判官が良く行なう方法ですが、転勤してすぐに被害者原告に対して、
「和解はどうですか、和解案を呈示します。」と言われることもあります。
交通事故の被害者遺族は和解という言葉に馴染みませんし、そもそも和解は被害者にとって不利であることを承知で、裁判官は呼びかけます。和解の常識として、和解案の中には原則として弁護士費用や遅延損害金が含まれていないからです。
和解という手続きは積み上げ方式なのです。
そして、被害者原告も弁護士も強烈に和解を勧める裁判官にはあまり逆らえないのも事実です。ですから和解自体のテーブルには付かないことに越したことはないのです。 被害者の真意は真実を明らかにしたい、制裁をなんとか少しでも加えたい、そのためには出来るなら加害者を引きずり出したい、という点に提訴の心情の核があるのですから、和解のテーブル自体拒絶すべきです。そういうのが出来なくとも「和解などという加害者と仲良くするようなものは馴染まない」とか「裁判所に判決を貰う事でけじめを示して欲しい」とか裁判所に言うべきでしょう。「馴染まない」という言葉が1番適切です。。
弁護士も和解を強要する裁判官の脅迫的言辞にひるんではいけないのです。和解のテーブルにつくこと自体を断るべきなのです。