危険運転致死罪の刑13年は重いのか?
平成15年6月19日 弁護士 松 本 誠
2003年6月19日大阪地裁で4人死亡事故で、危険運転致死罪の刑の言い渡しがありました。求刑15年に対し13年の実刑判決でした。これまでの危険致死罪の適用では一番重い刑です。はたして、重いのでしょうか?
事例は無免許、飲酒、信号無視、暴走行為、その程度もひどすぎます。呼気1リットル中1.14と言う数字は、めちゃくちゃ。13年は果たして重いのか?
危険運転致死罪は、東名高速2女児飲酒トラック焼死事故、神奈川2大学生暴走死亡事故などの遺族が中心となって、わが国初めての被害者遺族の発案になる刑罰法案です。署名も相当数集まっての被害者運動もありました。これも画期的でした。被害者運動が盛り上がるきっかけとなったともいえます。命のメッセージ展が続きました。
2つの事件とも悪質非道の過失であり、2人も死亡したのに、刑は業務上過失致死の範囲で4年と5年6月と、あまりに軽いので『法律を変えよう』と思い立たれて法案成立に向けた運動をされたものです。官僚国家の日本では被害者の手になる法案はありません。もちろん市民の手になる法案自体もありませんでした。立法への被害者自らの関与として、歴史的なことです。
施行は2001年12月。施行後、司法当局は業務上過失致死罪とのバランスもあって、消極的でした。せいぜい上限は7年でした。しかし、その後の個々の事件の遺族の署名活動や、道交法の飲酒運転改正に伴なう警察の取りしらべも厳しいものがあった啓蒙活動もあり、飲酒運転を許さない風潮が出来上がって来ました。飲酒運転に寛容な社会が変質してきました。飲酒運転を許さない社会となったのです。
被害者遺族による教育効果があったのでしょうか。今回の判決は『車は走る凶器』という表現もありました。社会的危険犯という意味の言葉もありました。まさに、被害者遺族の思うキーワードが司法の場に滲み出るようになったのです。
でも良く考えてみましょう。この犯人、本当は殺人犯ではないでしょうか。昨年アメリカハワイの裁判所では、大ジョッキ2杯飲んだドライバーが、岸壁にぶつかり1名の歩行者を死亡させた飲酒運転死亡事故で、懲役20年の刑を言い渡しました。殺人罪の適用があったからです。
銃社会のアメリカでは、時として銃を持つ市民が殺人を犯す危険性があり、危険性の認識に敏感ですから、飲酒運転したドライバーが時として無差別的に死亡事故を起こす意味を、日常的に真剣に考えています。だから、死亡1人でも20年の懲役なのです。
すると、無免許で、暴走行為で、信号無視で、深酒して、車に乗る時点で殺人の故意が認められ、殺人罪での起訴事案だったとなります。人身犯という個人犯ではなく、無差別的殺傷の可能性は極めて高く、事実そのようになったのです。社会的危険犯の認識をもたねばなりません。検察は殺人の適用をすべきだった事例です。検察の求刑は殺人としなかった負い目があった反動なのです。
被害者遺族から見た時、深酒の飲酒運転は故意による殺人でしかありません。どこまでも自動車事故は危険運転罪なのでなく、上限は殺人罪の適用です。テレビコメントでは言えません。