民事訴訟、民事交渉における加害者天国ニッポン
平成12年4月24日 弁護士 松 本 誠
民事おいても、不当に被害者の立場が放置されているのが実情であります。
(1)第1に、情報の不足から発生する不利益な交渉の放置である。一般の裁判や事件では、事件の情報は被害者が自ら確保しなければならない。自己責任である。そのために裁判前に民事保全手続きを取り、裁判官に民事保全決定を申し立てる手続きをなす場合が多い。医療過誤事件のカルテの証拠保全などがそうである。
ところが、交通事故だけは、警察が捜査を行い、かつ独占しているために、被害者側がこれを調査しようとしたり、証拠保全しようとしても出来ない仕組みになっている。
被害者側が望む証拠の保全、例えば目撃者であるとか、信号周期表、あるいはブレーキ痕等について、確実に捜査がなされているかどうか検証することすら出来ない。
また、加害者の供述についても事故直後になされているか、逮捕等によって捜査側が真剣に加害者を尋問しているかどうか、加害者の供述通りにしていないか、被害者遺族にとって、もっとも興味あることなのであるが、殆ど知らされていないのが実情である。
これによって、刑事において不当な刑の減刑交渉がなされたように、民事の場面でもまず、事故情報にアクセスできないまま、加害者側と交渉せざるを得ない状況である。
例えば、そこにおいては保険会社側は独自の調査会社を使い、警察や加害者側から情報を得て、取捨選択して、交渉にあたって、有利な立場に最初から立っているのである。
他方、被害者側は警察で教えてもらえず、かつ、加害者に聞けば、保険会社に任せているとか、保険会社に問いただせば、弁護士に任せているとか、警察に聴けば、捜査の秘密だからとか、たらい回しにされており、無限のエネルギーを使う場合が殆どである。
その上で、加害者側はさも独自に調べたらこうだとして、不当な過失割合を主張する場合すらある。
文句あれば、弁護士と話して下さい、あるいは裁判して下さい、という交渉の切り札を用意しながらである。
こう言う交渉を普通、圧倒的に不利益な交渉というはずである。
この面の不利益、利益という部分には警察や検察、法務省はまったく気づいていない。
被害者への視点が欠落しているのである。
(2)第2に、裁判の公正の侵害の問題である。
民事裁判は本来民主主義のもと、武器対等であり、手続き的にも平等のはずである。
攻撃防御方法の提出、すなわち、証拠の収集、提出は平等のはずである。
ところが、警察の捜査については、捜査が終わり、かつ検察の調べが終わり、そして処分が確定するまで、見せてもらえないのである。その結果、加害者が言う事について、反対尋問をする機会がなくなり、現場が変わり、目撃者の記憶もなくなることになる時期に、被害者は民事裁判をする事になるのである。
どう考えても不当な扱いであろう。 最近の警察は加害者をすぐに取り調べず、少しでも、怪我していれば、加害者が望めば入院を認め、供述を取る努力さえしない。
これでは加害者は保険の代理店と接触する事は当たり前であるし、普通の事件よりもこういう保険代理店や相談する人間と接触する事は多いのにもかかわらず、これを放置している仕組みがあるようです。
そうすると加害者は用意出きるわけです。言い訳を。警察は加害者をお客様扱いをしている事もあり、そのまま、供述調書となるわけです。
これを確かめる雰囲気や士気などなく、被害者の遺族にしてみれば、確かめて欲しい、せめて疑って、加害者の言い分の裏付けをして欲しい、と願うのでありますが、後の祭であります。
どう考えても不当です、せめて加害者の言い分を聞く機会を与えて欲しいのです。反対尋問をする機会を与えなければ、本当に対等な手続きではないはずです。
(3)第3に、被害者遺族の裁判を受ける権利を侵害しているということです。
事故の日に損害賠償請求権が発生するのですが、警察や検察が捜査情報を公開しない為に、捜査情報を後日検察の許可が出てからしか、訴えを提起しなければなりません。
これは裁判を受ける権利を明らかに侵害していると思います。
(4)第4に今の民事訴訟の審理も圧倒的に加害者保護のシステムとなっていることです。
交通事故の訴訟は類型化、定型化を進めることが圧倒的な裁判所の裁判官の常識となっています.
ところが、お子さんがなくなった場合の葬儀を考えると、出きるだけのことをしてやりたい、子供の夢だった事、は無念だったろうとか、意外な出費をする場合が多いのですが、一律に100万円から150万円とされています。類型化の問題です。
個々の事件を審理せず、裁判所のやりやすい方向で考えてるとしか思えないやり方です。
また逸失利益の計算についても、被害者の年収分が例えば残りの20年働けたとして、年収500万円あったとすると生活費の控除を50%すると、5000万円となるはずですが、実際はこれを今受け取るから、年収を受け取るとされる時点までの中間利息分を差し引かれるのですが、これを今裁判所は複利運用で5%もの高利として、差し引くのです。
今、被害者が運用出きるのは、せいぜい、0.2から0.3%くらいで、1000万円単位でしかも10年満期の場合すら、0.5%くらいです。
これから先もこの割合が大きく変わる事など考えられません。
にも関わらず、裁判所は5%の複利運用出来るものと勝手に計算して差し引くのです。
いわゆる5%中間利息控除論です。
明らかにこれは、被害者虐待と言ってもいいくらいひどい加害者優先、被害者蔑視です。
こう言う問題の根本的な原因は今まで被害者の声が届かなかった事、そして、事件の受け皿として、
保険会社の代理人が被害者側で交通事故の専門だとして、引き受けていた事などがあります。しかし、今まで過失が5割といわれて、あきらめていた被害者も、逸失利益の計算で中間利息2%と計算されれば、自賠責金額を遥かに超える損害賠償を得ることが出きるのですから、大きく言えば、被害者保護の運動なのです。
弁護士も裁判官もこの面では素人と思ったほうがいいと言うことです。
駄目ですといわれても、先生、中間利息3%でお願いします、というくらいしなければ変わりません。