平成 16 年 6 月 22 日 火曜日 産経新聞朝刊の記事です。
毎日放送「VOICE」
交通死 不透明な捜査
兵庫県警 14 年の事故 遺族、監察請求へ
飲酒の加害者供述うのみ 目撃者調書“誘導”の疑い
兵庫県尼崎市で平成十四年に起きた高校生のオートバイとワゴン車の衝突事故をめぐり、同県警尼崎北署が、死亡した高校生のオートバイの速度を「五十−五十五`以上で上限推定困難」とする科学捜査研究所の鑑定結果があるのに、「約八十`」と処理していたことが二十一日分かった。根拠は飲酒運転だったワゴン車の運転手の供述のみ。さらに、警察官の“誘導”で「オートバイの速度は八十−九十`」とする目撃者の供述調書が作成された可能性も浮上した。( 31 面に関連記事)
運転手は執行猶予付き判決が確定し、専門家は「飲酒運転厳罰化の流れに逆行する処理だ」と指摘。高校生の両親=大阪府豊中市=は「加害者をかばい、反論できない息子に『罪』をかぶせた不透明な捜査」として、近く警察庁長官と県警本部長あてに監察申立書を提出する。
裁判資料などによると、事故は十四年八月の深夜に発生。高校二年の高樹泰幸さん=当時(一七)=が知人の女性をオートバイ(四〇〇 cc )の後部座席に乗せ、尼崎市塚口町の県道交差点を直進し、対向車線から右折してきたワゴン車と衝突して出血性ショックで死亡、女性も重傷を負った。
ワゴン車の運転手から呼気一g中、約〇・四五ミリグラムのアルコールが検出され、尼崎北署は道交法違反(酒気帯び運転)の現行犯で運転手を逮捕。科捜研に速度鑑定を嘱託した。
鑑定はスリップ痕や車両の損傷状況から、オートバイを「五十−五十五`以上で上限は推定困難」とした。この場合、司法では五十`と認定するのが慣例だという。
同署は両親に鑑定結果を伝える一方、署長(当時)から「オートバイの走行速度を推測せよ」との指示で再捜査。運転手がオートバイを発見した地点から衝突地点まで約三・四b走行する間にオートバイは一三・八b進んだとして、速度をワゴン車(時速約二十`)の約四倍の約八十`と算出した。
しかし、双方の走行距離の認定は、運転手の供述だけが根拠だった。
さらに「オートバイは八十−九十`」とする目撃者の男性の調書も作成。これらによって高樹さんは三十`オーバーの速度違反とされた。
運転手は業務上過失致死傷罪などに問われたが、神戸地裁尼崎支部は昨年三月、懲役二年八月、執行猶予四年の判決を言い渡し、確定した。
高樹さんの両親は昨年一月の初公判を傍聴した際、検察官が冒頭陳述でオートバイ速度を約八十`と指摘したことに驚き、判決後、目撃者の男性から事情を聴いた。男性は「当たった瞬間しか見ておらず速度は分からない。調書記載の速度は警察官から出た言葉」と説明し、警察側が供述を“誘導”した調書を作成した可能性が浮かんだ。
両親は昨年十月、大阪地裁に運転手への損害賠償訴訟を提起。代理人の松本城弁護士がオートバイの速度について民間の「日本交通事故鑑識研究所」(茨城県)に再調査を依頼した結果、「乗員二人を含めば重量約三百`の二輪車が時速八十`で衝突すれば、四輪車も回転か横転をするはずだが大きな変化はない。科捜研鑑定が妥当」と、同署の速度認定に異議を唱える回答を得た。
高樹さんの両親や松本弁護士は「なぜ『死人に口なし』の不透明な事故処理になったのか、徹底調査してほしい」と話している。
これに対し尼崎北署は「捜査書類はすべて検察庁に送っており、詳しいことは分からない」としている。
( 31 面の記事)
交通事故は犯罪ではない?
死人に口なし/加害者天国
根底に司法の「軽視」
尼崎の不透明事故処理
兵庫県尼崎市で起きた高校生のオートバイとワゴン車の衝突事故をめぐり、尼崎北署の不透明な事故処理が二十一日、明るみに出た。県警科学捜査研究所の鑑定結果を飲酒運転の加害者供述のみで変更した速度認定、目撃者調書作成“誘導”…。高校生の遺族は「加害者の言い分に沿った『死人に口なし』の捜査」と批判する。“不公平捜査”の背景として、関係者からは「交通事故を犯罪扱いしない日本の刑事司法の姿勢」を指摘する声も上がっている。
「日本の交通事故捜査は犯罪捜査ではない。死亡事故も簡単に罰金で処理し、実刑率の低さは世界一。被害者に冷たく、加害者に過剰に優しい『加害者天国』だ」
今回の事故処理で、速度違反とされた故・高樹泰幸さん=当時(一七)=の両親の代理人を務める松本誠弁護士(大阪弁護士会)は言う。松本弁護士は、交通事故の遺族らでつくる「 TAV 交通死被害者の会」(事務局・大阪市)の協力弁護士として活動する専門家だ。
松本弁護士によると、東京高検が昭和六十一年、業務上過失罪の起訴基準を変更し、「傷害三週間以内は過失の有無を問わず不起訴にする」との基準を作成。この「非犯罪化政策」が全国に広がって起訴率が激減、現場の警察官の士気やモラルが低下したという。
「熱心に捜査しても不起訴などの甘い処分なら、やる気が起こらない。現場の人員不足もあり、特に死亡事故では、加害者の供述に沿った『死人に口なし』の安易な事故処理が横行することになる」と話す。
今回のケースについても「反論できない死者に責任を押し付けた典型例。しかも科学的な捜査結果が出ているのに、なぜか恣意的にゆがめている」と指摘。「ずさんな処理を根絶するには、捜査段階で実況見分調書などを被害者に開示すべきだ。起訴・不起訴にかかわらず、捜査を監視、検証できるシステムに改めるべきだ」と提言している。
高樹さんの両親は、オートバイの速度が約八十`で処理されていることを、加害者の運転手の刑事裁判で検察官が読み上げた冒頭陳述で初めて知った。「警察官から科捜研鑑定の結果を聞いていたので、『なぜ?』と頭の中が真っ白になった」と母親は振り返る。
昨年三月、厳罰を求めた両親の前で、運転手に懲役一年八月、執行猶予四年の“温情判決”が下された。両親は何度も検察官に「控訴して真実を明らかにして」と訴えたが、検察官は「判決もオートバイの速度には触れていないでしょう。交通事故では控訴しない。あとは民事で」との一点張りだった。
母親が「では息子は八十`ではなかったのですね」と尋ねると、検察官は黙り込んだという。
両親によると、高樹さんはオートバイの運転歴が約一年半あり、当日はアルバイトで知り合った女性を自宅まで送る途中。現場は坂道を上がった直後の交差点だった。
「女性を乗せ、しかも坂道で時速八十`は無理。女性も『乱暴な運転ではなく、周囲と同じ速度だった』と話している。息子は命を奪われたうえに速度違反まで押し付けられた」
監察申し入れに踏み切る母親は毎日、亡き息子の遺影に「お母さんが無実を証明してやるからね」と語りかけている。